# 第9話 勇者を返せ
「レンを王国直轄勇者へ戻してもらう」
 軍務局長はそう切り出した。
「復職はできません」
「北境に魔王軍三千だぞ。第三砦の守備は八百。援軍が着くまで二日はかかる」
「神崎さんの王国との雇用契約は、もう終わっています」
「王国が召喚した勇者だ」
「今はアーデル商会の高危険度護衛です。王国へ戻すなら、本人と商会の同意が要ります」
 軍務局長が机を叩いた。
「そんな話をしている間に砦が落ちる」
「確認します。必要なのは、神崎さんを王国所属に戻すことですか。それとも、第三砦を二日守る戦力ですか」
「砦だ」
「なら、復職させなくても依頼はできます」
「防衛の仕事として神崎さんに打診します。受けるかどうかは本人とアーデル商会次第です」
「間に合うのか」
「今日中に確認します」
「レン一人で持つと思うか?」
「神崎さんには、何をさせるつもりです?」
「ガルドスを止めてもらう。だが東は飛行魔獣、西は騎兵だ。負傷者も出る。補給路も危うい」
「神崎さんを東西にも回します?」
「……前は、そうした」
「今回はガルドスだけにしてください」
「東西が崩れたらどうする」
「そこは軍でお願いします。白石さんと大橋さんにも声はかけます」
「何を頼む」
「白石さんには重傷者の治療。大橋さんには緊急輸送です」
「三人とも、お前の部下か?」
「一人も違います。それぞれ勤務先があります」
「なら本当に出せるのか」
「確認しないと分かりません」
 軍務局長と、三人に頼む仕事を確認した。
 神崎さんにはガルドス。美奈さんには現地の治癒術師では手に負えない重傷者。大橋さんには通常手段では間に合わない緊急輸送と搬送。
「戦況が変わったらどうする」
「仕事を変える必要が出た時点で本人に確認します。勤務先の条件まで変わるなら、そちらにも確認します」
「面倒だな」
「三人とも、もう王国の職員じゃないので」
「レンを辞めさせたのはお前だろう」
「手続きしただけです」
 軍務局長は三つの役割を読み直した。
「分かった。まず聞いてこい」
 店へ戻り、棚から三冊の台帳を出した。
 最初にアーデル商会へ連絡した。
 神崎さんの通常勤務を二日空けられるか、北境第三砦の防衛に出せるか、危険手当をどうするかを確認した。
 商会側が勤務の穴を確認している間に、本人へ話した。
「行きます!」
 神崎さんは即答した。
「まだ商会の確認が終わってません」
「あ、そっち待ちですか」
「期間は二日です。相手は魔王軍三千」
「聞きました」
「第三砦が落ちると、後ろの町まで危ないそうです」
「じゃあ行きたいです。商会が大丈夫なら、絶対行きます」
 共同診療所には、重傷者対応だけで相談した。
「治療対象は私が決めていいんですよね」
 美奈さんが最初に確認した。
「はい。一般治癒で足りる人は現地の治癒術師へ。美奈さんが続けられないと判断したら、そこで終わりです」
「それなら行きます!」
 王都運送組合には、四十八時間の緊急輸送枠として相談した。
「第三砦なら開けます」
 大橋さんが言った。
「行ったことあるんですか」
「補給で何度も。砦の中なら何か所か見てます」
「戦闘が始まる前に、必要な場所を追加で見てもらう可能性があります」
「それは現地で決めましょう。どこに門を出すかは、司令官と話した方が早いです」
 三人の了承が取れ、三つの勤務先からも条件が返ってきた。
 通常勤務を空ける補償に、二日分の危険手当、緊急転移の手当、装備と薬の費用を加えた。
 条件を一枚の契約案にまとめ、軍務局へ戻った。
「金貨三百枚です」
「高い」
「三つの勤務先を二日空けて、三人を戦場へ出す条件です」
「戦時だぞ」
「戦時でも三社の勤務補償は消えません」
「下げられんのか」
「役割を減らせば、その分は見直せます」
「どれを減らせと言う」
「それは軍で決めてください」
 軍務局長は契約案の三つの役割を読み直した。
「……三人とも要る」
「では、この条件です」
 王国側の署名が入った。
 夕方、三人が店へ集まった。
 神崎さんだけ、装備が変わっていた。
 王国へ返した支給鎧の代わりに、身体強化で動くことを前提に作った特注の軽装鎧。胸と肩には厚めの金属板が入り、関節は魔獣革で動かしやすくしてある。
 靴も新品だった。足首まで固く締まり、靴底には深い刻みが入っている。
「それ、全部新しくしたんです?」
「はい。給料入ったんで。アーデル商会の工房に頼みました」
「鎧より靴の方が嬉しそうですね」
「前のやつ、走ると中で足がずれるんですよ。ずっと気になってて」
 王国最強の勇者が、特注鎧より熱く語ったのは靴のフィット感だった。
 最後に本人用の契約書を一項目ずつ確認した。
 神崎さんは高脅威の敵との戦闘、美奈さんは重傷者の治療、大橋さんは緊急輸送と重傷者搬送。
「現地で別の仕事を頼まれたら、一度確認してください」
「佐伯さんに?」
 大橋さんが聞いた。
「先に、自分が受けるか決めてください。契約条件まで変わるなら、こっちにも連絡を」
「了解」
 三人が署名し、俺が《契約保証》を掛けた。
 大橋さんが店の奥で門を開いた。
「北境第三砦、開通」
 扉の向こうから冷たい風が入ってきた。
 石造りの部屋で、砦の司令官が待っていた。
 まず契約書の写しを渡す。
「レン殿は高脅威目標。ミナ殿は重傷者。タクミ殿は緊急輸送と搬送。ここまでは読んだ」
「はい。具体的な配置はお任せします」
「承知した」
 神崎さんが門の前で振り返った。
「佐伯さんは?」
「行きませんよ」
「ですよね」
「俺が行っても戦えないので。条件を変える必要が出たら、大橋さんに門を開いてもらってください」
「分かりました」
 三人が門をくぐった。
 大橋さんが最後にこちらへ手を上げ、門を閉じた。
 北境第三砦では、すぐに配置の確認が始まった。
 司令官が神崎へ言った。
「レン殿は中央で待機してくれ。敵の中に、こちらの通常部隊では止められない奴が出たら任せる」
「分かりました」
「ミナ殿は治療所。重傷者だけでいい。タクミ殿、門は同時に一つだったな」
「はい」
「補給と搬送とレン殿の移動が重なったら、こちらで優先を決める」
「了解です」
 司令官が窓の向こうを指した。
「それと、レン殿に任せたい相手がいる」
 雪原の向こう、魔王軍の中央に黒い鎧の大男がいた。
 巨大な戦斧を肩に担いでいた。
「ガルドス」
 神崎が名前を口にした。
「三か月前に戦ったな」
「はい」
「どうだった」
「負けました」
「今回は、あいつが出たらレン殿を当てる。他へは回さない」
 大橋が手を挙げた。
「俺、先に回ってきていいですか」
「何をする」
「門の出口に使いそうな場所を見ておきたいです。自分で見てない場所には開けられないので」
「案内を付ける。どこを見たい」
「東と西の壁、前衛の左右の壕、補給所。あとは司令官が人や物を飛ばしたくなりそうなところ」
「分かった」
 兵士二人を案内につけ、大橋は砦を回り始めた。
 一時間ほどして、大橋が戻ってきた。
「東西の壁、左右の壕、補給所。全部見ました」
「助かります」
 神崎は雪原の中央にいるガルドスから目を離さなかった。
 低い角笛が鳴った。
 司令官が中央門へ向かいながら言った。
「レン殿はガルドスから外さない。東西はこっちで持つ」
 神崎は聖剣の柄を握った。
「今日は、あいつだけでいいんですよね」
「ああ」
「じゃあ、勝ってきます」