# 第6話 勇者二人で、初仕事
翌朝、必要な署名が揃った。
神崎さんは大型魔獣を倒して救助路を開ける。美奈さんは重傷者だけを治療する。予定にない仕事は、その場で本人が了承した時だけ頼める。美奈さんが無理だと判断したら、治療はそこで終わりだ。
最後に俺が《契約保証》を掛けると、契約書の縁を青い光が走った。
「よし。行くぞ」
「ギルド長も行くんですか」
「六十七人が閉じ込められて、A級を二班出してる。俺が座ってる案件じゃない」
「俺まで必要です?」
「初めて組む契約だ。現地で話が違った時、条件をまとめた本人がいた方が早い」
「戦えませんよ」
「知ってる。後ろにいろ」
北鉱山までは馬車で半日だった。
坑道前の広場では、担架を運ぶ通路と救助班が入る通路が分けられていた。補強材を抱えた鉱夫が中へ入り、空になった担架が逆側から戻ってくる。広場の端には臨時の治療所ができていた。
救助本部の机には坑道図が広げられていた。
「朝までに七人は出しました。残りは六十人です」
現場責任者が第二採掘区を指した。
「三十一人。ここは救助を続けています。問題は第三です」
指が、第三採掘区へ続く連絡坑の手前で止まった。
「旧積み替え場の奥に大型魔獣が居座っています。岩甲竜。六メートルほどです。救助班が二度入って、二度とも押し返されました」
「今出ている重傷者は?」
美奈さんが聞いた。
「七人です。骨折と軽傷も出ています」
「重傷者を先にください。一般治癒で足りる人はそちらへ」
「分かりました」
現場責任者は神崎さんへ向き直った。
「第三へ行くには、旧積み替え場を通るしかありません。岩甲竜を排除できれば救助班を入れます」
「倒していいんですよね」
「お願いします。ただ、坑道を揺らすような攻撃は避けてください。天井を落とされたら、奥の二十九人まで埋まります」
「了解です。坑道には当てないようにします」
「そうしてください」
神崎さんは聖剣の柄を握った。
「行ってきます!」
「気をつけて」
神崎さんは救助班の案内役と坑道へ入った。俺とギルド長は救助本部に残った。
◇
案内役は、旧積み替え場へ続く連絡坑の手前で止まった。
「この先です。積み替え場を抜けた奥にいます」
「ここから一人で行きます」
「分かりました」
神崎は聖剣を抜き、一人で先へ進んだ。
連絡坑は剣を振るには足りる幅がある。ただ、《身体強化》を乗せて壁ごと叩くには狭すぎた。全力でやれば、魔獣より先に坑道を壊す。
奥で岩が砕けた。
灰色の頭が現れ、四本脚の巨体が突っ込んでくる。背中から頭まで岩を重ねたような甲殻に覆われ、角が壁を削るたび石片が飛んだ。
「来た!」
角が届く寸前で壁際へ跳び、すれ違いざまに首へ剣を振り抜く。
刃は弾かれた。手首まで痺れ、甲殻には白い傷が一本残っただけだった。
「硬っ」
岩甲竜は走り抜けた先で身体を捻り、太い尾を振り戻した。
神崎は聖剣で受けたが、勢いを殺しきれない。足が浮き、そのまま古い木箱へ叩き込まれた。
割れた板を押しのけて立ち、肩を回す。痛みはあるが、動く。
「思ったより強い!」
岩甲竜が向き直る。
今度は神崎から距離を詰め、頭の甲殻へ斬りつけた。返す刃でもう一度、同じ場所を叩く。
二撃目で甲殻の表面が欠けた。
その直後、頭上の支柱が軋んだ。砂がぱらぱらと肩へ落ちてくる。
三撃目は振らなかった。
「ここはダメだな」
倒せないわけではない。場所が悪い。
神崎は岩甲竜を正面に置いたまま下がり、旧積み替え場まで誘った。荷を積み替えるための空間だけあって、連絡坑より天井が高く、支柱も太い。
「こっち!」
剣の腹で甲殻を叩くと、岩甲竜が頭を下げた。
さっきと同じ突進。
今度は首ではなく、巨体を支える前脚を待つ。
角を斜めに外した瞬間、前脚が目の前へ踏み込んだ。甲殻は脚の途中で切れている。
そこへ聖剣を振り下ろした。
血が噴き、前脚が折れる。巨体が前へ傾き、倒れまいと持ち上げた首の下で甲殻の継ぎ目が開いた。
「そこ!」
踏み込んで、喉元へ聖剣を突き込む。
岩甲竜が暴れ、尾で運搬台車を弾き飛ばした。神崎は剣を抜かず、引きずられながら腕ごと横へ振り切る。
刃が喉元を裂いた。
前脚から力が抜け、巨体が崩れた。尾が一度だけ地面を打ち、それきり動かなくなった。
神崎は息を吐き、聖剣を抜いた。
◇
坑道の入口から冒険者が出てきた。
「岩甲竜、討伐! 第三へ入れます!」
現場責任者がすぐに指示を出した。
「確認班を先行! 救助班は確認が終わり次第入れ!」
待機していた救助班が動き出す。
しばらくして神崎さんも戻ってきた。服と髪に木屑がついている。
「怪我は?」
「大丈夫です。ちょっと飛ばされました」
「ちょっと?」
「木箱一個分くらいです」
「それ、ちょっとですかね」
「壊した分、弁償した方がいいですか?」
「そっちの心配?」
神崎さんは自分の肩を回した。
「動くんで」
入口横の治療所では、美奈さんが運ばれてきた七人を振り分けていた。
「この人は私。次の人は一般治癒へ」
一般治癒術師が担架を引き取り、美奈さんは次の重傷者へ移った。
昼過ぎ、第二採掘区の三十一人が全員出た。
第三からも救出が進み、残り四人になったところで、坑道の奥から声が上がった。
「落盤!」
担架が一台運び込まれた。救助に入っていた鉱夫が、腰から下を崩れた岩に挟まれたという。
美奈さんは呼吸と出血を確かめ、すぐ両手を当てた。
「この人は私がやります」
白い光が強くなり、途切れかけていた男の呼吸が落ち着いた。
「よかった……!」
美奈さんは笑った直後、力が抜けたように近くの椅子へ座った。
「今日はここまでです」
「了解。ここからは一般治癒と搬送で回す」
日が落ちる前に、第三採掘区の最後の四人も坑道から出てきた。
朝までに救出された七人を含め、六十七人全員が生きて帰った。
帰りの馬車では、神崎さんも美奈さんも途中から寝ていた。
王都へ戻ったのは夜だった。
冒険者ギルドで完了報告に署名し、金貨百二十枚の精算をする。アーデル商会と共同診療所への勤務補償、二人の危険手当、馬車代と現場経費を引き、残りが俺の調整手数料になった。
契約書を鞄へしまおうとすると、ギルド長が言った。
「ケイスケ。次から人選も頼めるか」
「人選?」
「今回は俺がレン殿とミナ殿を知ってたから声を掛けられた。でも次も、必要な人間を全部知ってるとは限らん」
「こっちは『大型魔獣を一体』『重傷対応を一人』みたいに、必要な役目と人数を伝える。誰をどこから借りるか、お前が探して条件をまとめろ」
「本人と勤務先が了承すれば」
「その確認も込みで頼む」
「条件が合わなければ出せませんよ」
「それでいい」
◇
店へ戻り、今日の金を帳簿につけた。
いつもの転職仲介の欄へ書きかけて、ペンを止めた。
神崎さんも美奈さんも、職場を変えたわけではない。
最初に《勇者派遣》と書きかけて、やめた。
少なくとも、美奈さんには怒られる。
帳簿の余白に線を一本引く。
《スポット契約・人員編成》
これなら大丈夫だろう。
そこへ今日の手数料を書き込んだ。
帳簿を閉じようとしたところで、鍵を掛けた店の扉が内側へ開いた。
「……はい?」
扉の向こうに、いつもの路地はなかった。
赤い絨毯と白い石壁は、王城で見たものと同じだった。
男が一人、向こう側から顔を出した。
「すみません」
「はい」
「ここ、サエキ職業紹介所で合ってます?」
「合ってますけど」
「良かった」
男が店へ入ると、扉が閉じた。俺が開け直すと、向こうはいつもの路地に戻っていた。
「予約なしでも、転職相談できます?」
《転移門》の勇者、|大橋拓海《おおはしたくみ》だった。