# 第5話 治癒魔法は無料ではありません
 王都共同診療所の会議室に、関係者九人に集まってもらった。冒険者ギルド長。商業ギルドの担当者。アーデル商会のグスタフ。ほか二つの大商会の担当者。共同診療所の院長。中央教会の司祭。美奈さん。それと俺。
 転職相談一件から始まったはずなのに、会議だけならちょっとした事業再編だった。
「先に確認します」
 俺は一枚目を机へ置いた。
「美奈さんは、軽症者を治したくないわけじゃありません」
 司祭が頷く。
「承知しています」
「ただ、聖女でなくても対応できる患者まで全部引き受けて、重傷者を治す魔力がなくなるような働き方はやめます」
「そこも昨日、話しました」
 院長が紙を引き寄せる。
「うちで受けるなら、受付の段階で分ける。一般診療で対応できる患者は医師と治癒術師へ。ミナさんには重症者を優先してもらう」
「治療の優先順位は?」
 商業ギルドの担当者が聞く。
「医療側で決めます」
 院長が答えた。
「どこと契約しているかでも、寄付額でもなく、重症度と緊急性で決めます」
「うちが金を出しても?」
「順番は買えません」
 冒険者ギルド長が腕を組んだ。
「では、何に払う」
「重傷者が来た時に、白石さんが治療できるようにしておくためです」
 俺は二枚目を出した。
「受付を増やす。一般治癒術師を増やす。薬師を置く。重傷者用の薬を確保する。美奈さんには給与を払う。無料で受けられる緊急治療枠も残す」
 グスタフが紙を読む。
「月十枚出しても、うちの商会員が先になるわけじゃないんだな」
「なりません」
「ずいぶん慈善的な商品だな」
「そうでもない」
 冒険者ギルド長が言った。
「昨日、うちのA級が一人助かった」
「街道でオーガにやられた奴だ。腹を裂かれていた」
 美奈さんは黙っている。
「聖女殿が治したから生きてる。だが、あの時に魔力が残ってなかったら死んでた」
 ギルド長が俺の紙を指で叩いた。
「俺は、うちの冒険者が大怪我した時に聖女殿が肩こりを百人治した後じゃない方がいい」
「百人はいってないです」
「そこじゃない」
「はい」
「月三十枚出す」
「うちは二十枚」
 グスタフがため息をついた。
「去年、護衛を七人失った。重傷を負った時に受け入れてもらえるなら、月十枚は出せる」
 残り二商会も十枚ずつ。合計、月金貨八十枚。
 司祭が紙を見たまま言った。
「一つ、確認したい」
「はい」
「中央教会の無料施療を縮小することになります」
「聖女が軽症者まで無料で診る分は、減ります」
「それで困る人が出る」
「出ます」
 そこは誤魔化さない。
「だから、無料で治療する枠は、重傷者と生活に困っている人向けに残します」
 院長が別紙を出した。
「生活に困っているかどうかは、うちの基準で判断する。ミナさんにはやらせない」
「一般診療へ回された者が、金を払えない場合は?」
「軽症なら、教会が今までやってきた施療へ回す方法もある。無料で治療を受ける方法は、聖女施療だけじゃないでしょう」
 司祭は少し黙った。
「……そうです」
「なら、聖女の無償施療だけを入口にする必要はない」
 院長が続ける。
「昨日の件は聞いています。ミナさんが一般治癒で足りると判断した患者まで、聖女施療から外せなかったそうですね」
「うちでは、そういう運用はしません」
「聖女様の判断だけで決めるのですか」
「いいえ」
 美奈さんが答えた。
「私一人じゃなくて、医師と治癒術師で決めます。私は必要な魔力量を判断して、あと何人治療できるかを伝えます」
 司祭は美奈さんを見る。
「昨日のことを怒っていますか」
「怒ってます。すごく」
 即答だった。
「でも、教会が全部嫌いなわけじゃないです」
「……そうですか」
「無料で治してきたことも、間違いだったとは思ってません」
 美奈さんは一度、紙を見る。
「ただ、次にあの人みたいな患者が来た時、肩こりを何十人も治した後なのは嫌です」
 司祭はしばらく黙っていた。
「聖女認定は、教会が出しています」
「はい」
「共同診療所へ移るなら、教会名を使って寄付を集めることは認められません」
「使いません」
「出資者に優先権を売るのも認められない」
「売りません」
「無料の緊急治療を残すこと」
「残します」
「それなら」
 司祭は息を吐いた。
「認定を取り消す理由はありません」
 美奈さんの肩から力が抜けた。
「もう一つ。白石さんの今の雇用契約です」
 昨日、教会に出してもらった《聖女雇用契約書》の写しを机へ置いた。
「本人都合なら三十日前までの申告が必要ですが、双方が合意すれば今日付で終了できます」
 司祭は契約書を閉じた。
「三十日、残っていただく必要はありません。引き継ぎも、こちらで行います」
「今日でいいんですか?」
「はい」
「やった……!」
 美奈さんは笑ってから、慌てて口元を押さえた。
「すみません。ありがとうございます」
 中央教会と美奈さんは、その場で今日付の契約解除に合意した。そこから先は、新しい雇用契約の話だった。
 転職先は王都共同診療所。職種は救命治療師。給与は月金貨二十枚。週休二日。夜間の呼び出しは生命に関わる場合だけ。治療の優先順位は医療班が決め、美奈さんは必要な魔力量と、治療を続けられるかどうかを判断する。魔力が危険な水準まで減ったら、その日の聖女治療は終了。
「救命治療師」
 美奈さんが職種欄を読んだ。
「……いいですね、これ」
「聖女じゃなくて?」
「何する人か、こっちの方が分かりやすいです」
 美奈さんは職種欄を指でなぞって、笑った。
 契約で集めた資金は、一般治癒術師、薬師、受付、薬代、無料の緊急治療枠、美奈さんの給与へ回る。俺は紹介料と契約管理料を受け取る。全員が確認して署名し、俺が《契約保証》を掛けると、紙の縁を青い光が走った。
「終わりました」
 美奈さんが契約書を見る。
「明日、休みですか」
「明日と明後日」
「二日も!?」
「週休二日なので」
「本当に両方休んでいいんですか?」
「いいですよ」
「やった。寝ます」
「まず寝るんですね」
「四十一日分なので」
 美奈さんは笑った。
 三日後。
 店へ来た美奈さんの第一声は、
「十六時間寝ました!」
だった。
 転職後の初報告が睡眠時間だった。
「二日あったのに?」
「一日目ほぼ全部寝ました」
「じゃあ休めてないですね」
「寝るのが休みです」
「それは否定しづらい」
 美奈さんは昼前に店を出た。
「初出勤、行ってきます」
「二日休んだ直後なんだから、張り切りすぎないでくださいよ」
「分かってます」
 美奈さんは笑って手を振った。
 その日の午後、店へ来たのは三日前の会議にいた冒険者ギルド長だった。
「ケイスケ。頼みがある」
「転職ですか?」
「違う。北鉱山で崩落だ」
 六十七人が取り残され、救助隊はもう出ている。ただ、坑道の奥に大型魔獣が出て進めなくなったという。
「追加でレン殿とミナ殿を借りたい。勤務先には話を通した。どっちも条件次第で出せるそうだ」
「そこまで決まってるなら、俺いらなくないですか」
「二人は別々のところに勤めてる。同じ現場へ出す条件をまとめてくれ」
「うち、職業紹介所ですよ」
「知ってる。二人の転職契約を組んだの、お前だろ」
 ギルド長が依頼書を俺の前へ置いた。
「明朝一番に出したい。今夜中にまとめられるか。報酬は金貨百二十枚」
 俺は依頼書を取った。
「分かりました。本人にも確認します」