# 第11話 四天王も、辞めたいんですか
ゼルガの手紙に「話を聞く」と返事を出してから三日。昨日、北境軍務局から、第三砦の北にある旧交易所で待つと連絡が来た。
「第三砦までお願いします」
王都運送組合の受付でそう言うと、大橋さんは配車表から顔を上げた。
「今日です?」
「はい」
「帰りは?」
「時間が読めないので、第三砦まで戻ったら連絡します」
「それがいいです。あっちは第三砦しか見たことないですから」
料金を払い、組合の裏庭へ移動した。
大橋さんが何もない空間へ手をかざす。
「北境第三砦」
薄い光が四角く広がった。
数日前、神崎さんたちを送り出した石造りの部屋が向こうに見えた。
「夜になったら追加料金ですからね」
「分かってます」
門をくぐった。
◇
第三砦へ来るのは初めてだった。
数日前、俺は王都の店から、この部屋へ三人を送り出した。
神崎さんはこの砦から雪原へ出て、ガルドスと戦った。美奈さんはここで負傷兵を治し、大橋さんは何度も門を開いた。
三人が戻ってきた朝、俺たちは特別手当が金貨十二枚だ、十五枚だと話していた。俺の手数料も過去最高だった。
部屋を出て、足が止まった。
崩れた壁には色の違う新しい石が積まれていた。東側の胸壁も一部が新しい石に替わり、雪の上を木材と石材を積んだ荷車が往復している。
三人とも無事に帰ったから、俺の中ではもう終わった仕事になっていた。
砦では、まだ壁を直していた。
「ケイスケ殿」
呼ばれて顔を上げた。
部屋の外では、鎧姿の兵が五人待っていた。
「旧交易所まで護衛します。今日は北門周辺を封鎖しています」
北門は閉じられたままだった。壁上には弩兵が並び、北へ弩を向けている。補修の職人も、この一角にはいない。
北門の脇にある小さな通用口だけが開いた。
俺を挟むように兵が前後につき、雪道へ出る。
しばらく進むと、街道脇に低い石造りの建物が見えた。
旧交易所。戦前は商人が使い、今は捕虜交換や文書の受け渡しに使われているらしい。
建物から少し離れたこちら側には王国兵。反対側には魔王軍の兵が固まっている。どちらも相手から目を離していない。
魔王軍の兵を、こんな近くで見るのは初めてだった。
神崎さんから、魔王軍にも人間とあまり変わらない種族がいるとは聞いていた。
それでも、実際に見ると目が止まる。
額から短い角が伸びた男。頬の一部が細かな鱗に覆われた女。獣のような耳を持つ兵もいる。
でも、着ている鎧も持っている槍も、王国兵のものと大きくは変わらない。向こうも同じように、こっちを警戒していた。
入口の脇では、そのうちの一人が大きな剣を預かっていた。ゼルガのものらしい。
俺が来ると、護衛の兵が扉の前まで進んだ。
「中はゼルガ一人です。武器は外。こちらも建物には入りません」
相手が一人でも四天王なのだが。
「我々は扉の外にいます」
「分かりました」
扉を開けた。
中には長机が一つ。その向こうに、大柄な男が座っていた。
男が俺を見ると立ち上がった。
外で何人か見たおかげで、角そのものには少し慣れたつもりだった。
白髪の混じった短い髪。額の左右から伸びた黒い角。背中には、畳んでいても肩幅より外へ張り出す黒い翼。
武器は外に預けたと聞いている。それでも一対一になると、扉の外にいる兵が急に遠く感じた。
足元には大きな革袋が置かれている。
「ケイスケだな」
「はい」
「ゼルガだ。まあ座れ」
ゼルガが先に椅子へ戻った。俺も向かいに座り、紙とペンを出す。
「四天王を辞めたい」
「……四天王も?」
「おう。二十年やった。もういいだろ」
「そういう感じで辞める役職なんですか」
「知らん。辞めた奴に会ったことがない」
あっさり言われた。
勇者の次が四天王。職業紹介所の客としては、順番がおかしい。
「手紙には、後任を探してほしいとありました」
「退任願いは三度出した。三度とも返ってきた。後任を置け、とよ」
ゼルガは三枚の書面を机へ置いた。
「で、後任になれそうなのを三人捕まえた。三人とも嫌だとさ」
「全員ですか」
「見事にな」
「理由は?」
「三人とも違う。会って聞け」
「三人とも、今も俺の下で働いてる」
「じゃあ、会うなら?」
「南境司令部だ」
「……魔王軍の司令部に?」
「おう」
そこは即答できなかった。
ただ、一つだけ最初から引っかかっている。
「一ついいですか」
「何だ」
「そもそも、どうして俺に頼もうと思ったんです?」
「諜報だな」
「……はい?」
「お前の店じゃない。勇者の方だ」
「聖剣が王国を辞めた。聖女が教会を辞めた。転移門が輸送局を辞めた。三人とも別の場所へ行った。それが第三砦では揃った。そりゃ調べるだろ」
「……それで俺が出てきた?」
「おう。三人を追ったら、全部お前の店を通ってた」
「怖いな、その調べ方」
「敵の戦力だ。調べる」
「で、普通の職業紹介所だったと」
「普通の転職屋は、聖剣と聖女と転移門を一度ばらして、また同じ戦場へ揃えたりせんだろ」
そこは否定しづらかった。
「で、こいつなら一人くらい四天王を拾ってくるかもしれん、って話になった」
「辞めた後は?」
「グラウゼへ帰る。故郷だ。武練院から、来るなら席は空けとくと言われてる」
「四天王から教官ですか」
「四天王は二十年やった。次は若いのを教える方でいい」
「何を教えるんです?」
「俺も最初はただの地方兵だ。強い奴なら他にもいた。俺はまあ……死なせず連れて帰るのが、少し上手かった」
「帰す?」
「追うな。水を切らすな。怪我を隠すな。退路を残せ。剣は最後だ」
「勝ち方は勝てる奴が教えればいい。俺は帰し方を教える」
ゼルガはそこで一度黙った。
「二十年で、若い兵が何人も死んだ。弱かったからじゃない。知らなかっただけの奴も多い」
声の調子は変わらない。
「俺があと十年戦うより、百人に帰り方を教えたい」
俺はペンを止めた。
「受けるか」
「報酬を聞いてからでも?」
「そこは聞け。敵軍相手に、金も聞かず仕事を受ける奴の方が怖い」
「金貨で?」
「前金二十。俺が辞められたら八十。経費は別。これでどうだ」
「個人で百枚出せるんですね」
「二十年分だ。使う暇がねえからな」
「全然うらやましくないですね」
「俺もだ」
「依頼は受けます」
依頼条件を書き留めた。
ゼルガは足元の革袋から小さな革袋を出し、机へ置いた。中を確認すると、金貨が二十枚入っている。
「前金だ」
「確かに受け取りました」
受領を書き足した。
「ただ、三人には会わせてください。四天王が普段何をしているのかも見たいです」
「なら司令部だな」
「……行く前に聞いていいですか」
「おう」
「ここから、どれくらいかかるんです?」
「空なら二時間。歩けば三日だ」
「空?」
「俺が運ぶ」
「飛ぶんですか」
「この翼で歩けと言われても困る」
「馬車は?」
「目立つ」
選択肢がひどい。
「街は通らん。俺の執務区画へ直接入る。お前一人にはせん。三人と話して、仕事を見たら戻る。帰りも俺がここまで送る」
「今日中に?」
「おう。泊める気はない」
「……それなら行きます」
外へ出て、護衛の兵に司令部まで行くことを伝えた。
「戻りは今日ですか」
「その予定です」
兵はゼルガを見た。
「日没を過ぎたら軍務局へ報告します」
「構わん」
「終わったか」
「はい」
「なら着替えろ」
革袋から、厚手の黒い外套と手袋、顔の下半分を覆う布が出てくる。
「用意してたんですか」
「断られたら持って帰るつもりだった」
「断られる前提だったんですね」
「三人続いたからな。四人目もあると思うだろ」
外套を羽織り、顔布を巻く。
「司令部に着くまでは喋るな。訛りで南だと分かる」
「人間なのは平気なんです?」
「人間もいる。隠すのは南から来たって方だ」
次に出てきたのは太い革帯だった。
「飛行帯だ。これで俺と繋ぐ」
ゼルガは魔王軍の兵から大剣を受け取り、腰に吊るす。それから雪の上で、黒い翼を大きく広げた。
近くで見ると、想像していたよりずっと大きい。
「二時間、これで?」
「おう。寝るなよ」
「寝ませんよ」
ゼルガは飛行帯を自分の腰に回し、もう一方を俺の腰へ回した。金具を一つ留め、その上でもう一つ留める。
「金具は二つだ。片方が外れても、もう片方で止まる」
「今まで外れたことは?」
「ない」
「先にそれ言ってください」
「怖けりゃ目を閉じとけ。あと、吐くなら俺にかけるなよ」
「ほかに注意は?」
「翼だけは掴むな。肩にしろ」
俺はゼルガの肩を掴んだ。
全然行きたくない。
「……お願いします」
「じゃ、行くぞ」
ゼルガが翼を強く振り下ろした。
身体が浮き、胃が一瞬遅れてついてきた。
「うわっ――」
地面が一気に遠ざかった。