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# 異世界で金を使ったら100%ポイント還元されたwww
「ここにある小麦、全部ください」
 さっきまで怒鳴り声と荷車の軋む音でうるさかった集積所が、すっと静かになった。小麦袋は二階の窓が隠れるほど積まれている。山というより壁だ。
 その前で、商人も農家も俺を見ていた。
「……全部、とは」
 穀物商の親父が聞き返した。
「ここにある分、全部です」
「金貨二千四百枚を超えますぞ」
「大丈夫です」
「二千四百枚ですぞ?」
「はい」
 王都で全部売れる。むしろ、これでも足りないくらいだ。俺は目の前に浮かぶ半透明の表示を見た。
《24,000,000Pを利用しますか?》
 はい。次の瞬間、穀物商の前に、金貨の詰まった箱がいくつも現れた。そして俺の頭の中で。
 ドゥルルルルルルルルル……テッテレー!
《お買い上げありがとうございます!》
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《現在ポイント:31,495,608P》
 よし。
 今日もちゃんと全額返ってきた。
「た、タカハシ様……!」
 誰かが震える声で俺の名前を呼んだ。振り向くと、日に焼けた老人が帽子を胸に抱えていた。
「今年は取れすぎるくらい取れたんです。なのに北が凶作で、荷車も船もみんなそっちへ回っちまった。買い手が来ない。倉にも入らない。もう腐らせるしかないと思ってました」
「はあ」
「この金があれば、種籾を買える。冬を越せます」
 老人が頭を下げる。その後ろで、何十人もの農家が一斉に頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「村を救っていただいた!」
「タカハシ様!」
「いや」
 俺は困った。
「王都で全部売れるんで、買っただけなんですけど」
 言い直す暇もなく、老人に両手で手を握られた。周りでは誰かが万歳まで始めている。
◇
 三か月前。夏のボーナスで、前から欲しかった機械式時計を買った帰りだった。
 六万八千円。ボーナスが入ったからって、俺にしてはかなり奮発した。紙袋をぶら下げて駅へ向かい、横断歩道を渡った。
 一歩。二歩。三歩目で、アスファルトが消えた。
「……は?」
 靴の下は石畳だった。さっきまで正面にあったコンビニの代わりに、木と石の建物が並んでいる。荷車が横を通り過ぎ、腰に剣を下げた男まで歩いていた。
 通りにいるのは、金髪や赤毛、青や灰色の目をした人ばかりだ。どう見ても日本人には見えない。
 道端の籠では、やたらでかい鶏みたいな鳥が暴れている。
「どこだよ、ここ」
「大通りなら向こうだよ」
「うわっ」
 隣の露店のおばあさんが普通に返事をした。
「言葉、通じるんですか?」
「何を言ってるんだい。あんた、顔色悪いよ」
 言葉が通じた。看板の文字も読めた。スマホは圏外。検索も地図も使えない。
 状況はまるで分からなかったが、一つだけはっきりしていた。
 腹が減った。
 昼飯前だったのだ。大通りまで出ると、串に刺した肉を焼く匂いが流れてきた。隣では丸いパンと湯気の立つスープも売っている。腹が鳴った。
 財布の中身は一万円札と千円札、それに小銭。どう見てもここでは使えない。
「……これ売るしかないか」
 紙袋を見る。買ってから一時間も経っていない腕時計。
 でも腹が減っている。俺は「古物」と書かれた店へ入った。白髪の店主は、最初こそ面倒そうな顔をしていた。箱から時計を出した瞬間、顔が変わった。
「これは……」
「時計です」
「それは分かる」
 店主は文字盤へ顔を近づけた。
「この大きさで、ずれぬのか?」
「普通は、まあ」
「ここまで細い歯車を、どうやって」
「職人が一つずつ組み上げた、技術の結晶だって店員さんが言ってました」
 店主は時計を光にかざし、今度は裏側を眺め始めた。
 十分ほど眺め回した末、店主が「銀貨三十枚でどうだ」と言った。これ以上は店の金庫が空になるらしい。高いのか安いのかは分からない。
 俺はもう一度だけ時計を見た。六万八千円。夏のボーナスで買って、まだ一時間も経っていない。できるなら持って帰りたい。
 でも、ここで使える金はない。腹も減っている。
「お願いします」
 紙袋ごと時計を渡すと、店主が銀貨三十枚を数えてくれた。俺はそれを握って屋台へ戻った。
「串焼き二本と、パンと、果実水ください」
「あいよ。銅貨八枚」
 銀貨を一枚渡した。お釣りを受け取る。その瞬間。
 ドゥルルルルル……テッテレー!
「うおっ!?」
「どうした兄ちゃん」
「今なんか鳴りませんでした?」
「何が?」
 屋台の親父には聞こえていないらしい。俺の目の前に、半透明の文字が浮かんでいた。
《お買い上げありがとうございます!》
《100%ポイント還元!》
《8P獲得!》
《現在ポイント:8P》
「……ポイント?」
 ポイントなんて、どこのポイントだ。意味は分からないが、腹の方が先だった。
 うまかった。
 塩と香草だけなのに、肉汁がすごい。
「親父さん、もう一本ください」
「あいよ。銅貨三枚」
 財布を出そうとしたところで、表示が増えた。
《ポイントを利用しますか?》
「使えるの?」
 はい、と念じた。チャリン。屋台の小皿に銅貨三枚が現れた。親父は何の疑問もなく、それをつまんで箱へ入れた。
 ところが俺の頭では、また例の音が鳴った。
 ドゥルルルル……テッテレー!
《3Pを利用しました!》
《100%ポイント還元!》
《3P獲得!》
《現在ポイント:8P》
「…………」
 八ポイント。
 俺は串焼きを見る。もう一回、表示を見る。
「親父さん」
「なんだい」
「もう一本」
「あいよ」
 ポイントで払う。
 ドゥルルルル……テッテレー!
 八ポイント。
「もう一本」
「兄ちゃん、よく食うな」
 払う。戻る。
 八ポイント。
「……減らないじゃん」
 使った分、全部返ってくる。八ポイントまでの物なら、何回買っても八ポイントのままだ。俺はしばらく考えた。そして、とりあえずもう一本食べた。
◇
 その日のうちに宿を取った。一週間分を現金で先払い。銀貨七枚。
 ドゥルルルル……テッテレー!
《700P獲得!》
 服を買った。銀貨四枚。
 テッテレー!
 鞄と靴も買った。銀貨五枚。
 テッテレー!
 洗面道具、下着、外套。銀貨四枚。
 テッテレー!
 現金は減った。その代わり、ポイント残高はどんどん増えた。翌朝には、銀貨二十枚分を超えていた。ポイントなら、使っても戻る。
 これで、銀貨二十枚までなら何度払っても残高は減らない。
「……これなら、生きてはいけそうだ」
 何が何だか分からない。でも、少なくとも今すぐ飢え死にすることはなさそうだ。
 宿を出て市場を歩いていると、店先に毛織物を積んだ工房があった。値札が他より安い。
「これ、安くないですか?」
 店番をしていた中年男が苦笑した。
「売れ残りだよ。冬物を作りすぎた。次の羊毛を買う金が要るから、今週中に捌きたいんだ」
「まとめて買ったら?」
「さらに引くよ」
 別に毛布が欲しいわけではない。ただ、ポイントは減らない。
「じゃあ、この束三つください」
「三つ?」
「はい」
「銀貨十二枚だぞ」
「大丈夫です」
 ポイントで払う。
 ドゥルルルル……テッテレー!
《1,200Pを利用しました!》
《100%ポイント還元!》
《1,200P獲得!》
 工房主が銀貨を数え、俺の顔を見た。
「本当に買うのか……」
「もう払いましたよ」
「いや、そうなんだが。助かった。これで次の原料を買える」
「よかったですね」
 買ったまではよかった。毛織物の束三つなんて、宿の部屋に置いても邪魔でしかない。抱えて歩いていると、乗合馬車の御者に声を掛けられた。
「兄ちゃん、それ売り物か?」
「今のところ、ただの衝動買いです」
「変なやつだな。隣のラーデンなら、その柄はもっと高く売れるぞ」
「高く?」
「あっちは冬物が足りてない。こっちは羊の産地だから安いがな」
 俺は抱えている毛織物と御者の顔を見比べた。
「ラーデンまで、いくらです?」
◇
 翌日。毛織物三束は、銀貨十八枚になった。ラーデンの衣料商が、その場で現金を払ってくれた。俺は受け取った銀貨を見た。
 ポイント残高を見る。毛織物を買う前と同じままだった。手元の現金だけが増えている。
「……あれ?」
 帰りに、また同じ工房へ寄った。
「まだあります?」
「あるが」
「五束ください」
「また!?」
 翌日も、その次の日も同じだった。工房ではポイントで払い、ラーデンでは現金を受け取る。三度やっても残高は減らない。
 三回目の帰りの馬車で、俺は膝の上の銀貨袋を何度も持ち上げて重さを確かめた。
「これ」
 声に出た。
「商売した方がよくない?」
 飯を無料で食べられるどころの話じゃなかった。
◇
 毛織物だけではもったいない。行きの荷台には革鞄や鍋を積み、帰りはラーデンで安い塩漬け肉や染料を買った。御者に相場を聞き、店で値段を確かめて、空荷で走る時間を減らしていった。
 ポイントで仕入れて売るたび、手元の現金が増えた。やがて一人で運べる量ではなくなった。
「荷車一台、一日銀貨二枚です」
「御者込み?」
「込みです」
「じゃあ三台」
 一週間分を現金で先払いした。銀貨四十二枚。
 ドゥルルルル……テッテレー!
《4,200P獲得!》
 護衛も必要だと言われた。冒険者四人を雇った。
「相場は一人銅貨八十枚だ」
「じゃあ銀貨一枚で」
「……一人?」
「一人。一週間お願いします」
 四人分、銀貨二十八枚を現金で先払いした。
 テッテレー!
《2,800P獲得!》
 四人とも急に姿勢が良くなった。
「命に代えて荷を守ります!」
「そこまでしなくていいです」
 取引量が増え、商人組合へ正式に登録することになった。登録料は銀貨十枚。荷物を置く場所も足りなくなって、組合近くの荷置き場を一月、銀貨五十枚で借りた。どちらも現金で払った。
 テッテレー! テッテレー!
《1,000P獲得!》
《5,000P獲得!》
 登録のとき、窓口で名前を聞かれた。
「タカハシ・ユウトです」
「タカハシさんですね」
「はい」
 ラーデンへ持ち出す荷と、向こうから持ち込む荷。その取引申請で商人組合へ毎日のように通ううち、いつも同じ女性が窓口を担当するようになった。ミアというらしい。茶色い髪を後ろで束ねていて、俺が次に必要になる書類や人を先回りして揃えてくれる。
「タカハシさん」
「はい」
「昨日、護衛に銀貨一枚ずつ払いました?」
「はい」
「相場、銅貨八十枚くらいですよ」
「すぐ集まるんで」
「御者にも上乗せしてますよね」
「荷物、丁寧に扱ってくれるんで」
 ミアは書類をめくりながら言った。
「ずいぶん羽振りがいいんですね。ちょっと羨ましいです」
「儲かってはいるんで」
「それにしても、毎日これだけ申請を一人で?」
「もう無理ですね」
「だったら、一人雇った方がいいですよ。組合への申請と取引先への連絡を、その人にまとめて任せるんです」
「ミアさん、来ます?」
「え」
「仕事、もう分かってる人の方が助かるんで」
 ミアの今の給料を聞いた。倍を提示した。
「倍?」
「足りないですか?」
「いえ。逆です」
「じゃあ決まりで」
 ミアはしばらく黙ってから、給料の額をもう一度見た。
 翌週、ミアは本当に来た。俺は取引先への連絡と組合通いから解放された。これだけでも倍払った価値はある。
◇
 商売を始めて三週間。現金がかなり貯まった。俺は中古の倉庫を買った。金貨八枚。
 今までで一番大きな現金払いだった。契約書に署名して、代金を渡す。
 ドゥルルルルルル……テッテレー!
《80,000P獲得!》
《現在ポイント:95,008P》
「……ん?」
 一万五千ほどだった数字が、一気に九万五千を超えた。倉庫代を現金で払った分が、そのまま足されている。
「これ、高い物を現金で買えば買うほど、一回の仕入れも大きくできるのか」
 仕入れで稼いだ現金を倉庫や荷馬車に突っ込む。そうすれば次は、その金額までポイントで仕入れられる。
 貯め込んでいる方がもったいない。
「ミア」
「はい」
「荷馬車、買おう」
「何台ですか?」
「五台」
 ミアのペンが止まった。
「馬も要りますね」
「あと店も欲しい。倉庫ももう一個」
「一度にですか?」
「その方が次もっと儲かるだろ」
 俺はその日のうちに荷馬車屋へ向かった。
 その日から、タカハシ商会は急に大きくなった。
◇
 毛織物を仕入れていた工房へ行ったのは、その少し後だ。扉が閉まっていた。
「休みですかね」
 俺が言うと、ミアが隣の店で事情を聞いてきた。
「羊毛が値上がりしたそうです」
「へえ」
「次の仕入れ資金が足りない。今月で職人を二人減らすと」
「困るな」
 それは困る。ここの毛織物はラーデンでよく売れるし、最近はうち向けの柄まで作ってもらっている。なくなられると次の便から穴が空く。
 家まで呼びに行って、工房主を連れてきてもらった。
「半年分、先に注文したら作れます?」
「半年?」
「はい」
「いや、作れるが……そんな量を?」
「売れます」
「だが、先払いなんて」
「その方が原料買えるんですよね」
「……買える」
「じゃあ先に払います」
 ドゥルルルルル……テッテレー!
 銀貨が積まれた。工房主はしばらく動かなかった。その後、急に顔を覆った。
「ありがとうございます……」
「来月分、遅れないでくださいね」
「必ず! 必ず納めます!」
 奥から奥さんと若い職人が二人出てきた。若い職人の一人が、工房主へ振り向く。
「親方、明日も来ていいんですよね」
「ああ。二人ともだ」
 もう一人は、閉めていた作業台の覆いを外し始めていた。
◇
 二か月目。鉄を扱い始めて間もなく、仕入れ先から荷が来なくなった。ベルグへ向かう街道の石橋が、豪雨で真ん中から落ちたらしい。
 鉱石が止まり、うちと取引している金物職人から催促が続いた。
「いつ鉄が入ります?」
「こっちも在庫があと十日です」
「次の便、頼みますよ」
 俺はミアに聞いた。
「橋、いつ直るの?」
「早くて二か月だそうです」
「二か月?」
「領主が復旧費を集めています。ですが雨害は他にも出ていますから」
「困るんだけど」
「みんな困っています」
 ベルグへ迂回路で行ってみた。思っていたよりひどかった。町の入口に鉱石を積んだ荷車が何十台も止まっている。運び出せないから、鉱山の採掘量も落としている。
 逆に外から食料が入ってこないので、市場の棚が空き始めていた。宿の主人が言った。
「鉱山が止まったら、この町は終わりだよ」
「橋だけですよね?」
「その橋が命綱なんだ」
 橋の真ん中は丸ごと川に落ちていた。ただ、両岸の石組みは残っている。俺は現場を見ていた石工の親方に聞いた。
「仮の橋なら何日?」
「人を集めれば十日。だが金がない」
「いくら?」
 金額を聞く。今のポイント残高で余裕だった。
「じゃあやってください」
「……誰が払う?」
「俺です」
「なんで?」
「鉄が来ないと困るんで」
 石工を集めた。木材を買った。増水中の作業なので危険手当も付けた。資材置き場の護衛に冒険者を雇った。
 工事の十日間、食料商を別の街から呼んだ。ベルグに積み上がっていた鉱石は、全部うちが買った。
 ドゥルルルル……テッテレー!
 ドゥルルルル……テッテレー!
 ドゥルルルル……テッテレー!
 朝から晩まで頭の中がうるさかった。十日後。仮橋が開通した。最初の荷馬車が橋を渡った瞬間、町の人たちが歓声を上げた。
 鉱夫たちが帽子を振る。商店の人たちが拍手する。なぜか俺が一番前に立たされていた。
「タカハシ様!」
「ありがとうございます!」
「町を救ってくれた!」
 俺は隣のミアに小声で聞いた。
「明日の鉄、もうここ通せる?」
「通せます。朝一番で」
「よし」
 町長まで来て、そのまま宴会になった。俺の酒代は無料。翌朝には鉱山側から「タカハシ商会には先に鉱石を回す」と約束された。橋の工事に払った分は、もう全部ポイントで戻っている。そのうえ鉱石まで先に回してもらえるらしい。
◇
 一か月後には、最初に借りた三台の荷車が懐かしくなっていた。自前の荷馬車は八十台、倉庫は九棟。朝の点呼に集まる人間だけで四百人を超える。
 市場では「売るならタカハシ商会へ持っていけ。あそこは即金だ」と言われるようになった。五つの都市と、その間にある農村や鉱山町からも荷が集まってくる。
「今月、過去最高益です」
 ミアが報告書を持ってきた。
「じゃあ賞与、一か月分出そう」
「分かりました」
「あと倉庫も買いたい」
「今月、もう二棟目です」
「荷物が入りきらないんだよ」
「候補を探しておきます」
 給料日に賞与を出したら、従業員から万歳された。街の酒場がその日の夜だけ満員になり、翌朝には酒場の親父にまで握手された。
 賞与を出した翌朝、うちの荷馬車は酒樽と肉をいつもの倍積んで走っていた。
◇
 三か月目、王都から呼び出しが来た。最初は税金の話かと思ったが、案内された部屋には王国中の大商会の主人が並んでいた。
 見覚えのある商会旗が長机の向こうまで続き、その正面には、一人だけ服も椅子も明らかに格が違う白髪の男が座っていた。たぶん、この中で一番偉い。
「北部六州の収穫量が、例年の四割を下回った」
 白髪の男が壁の地図を指した。
「王都にも既に影響が出ている。このままでは冬までに穀物価格が三倍になる」
 南には麦が余っているらしい。だが、端の席にいた商人がすぐ首を振った。
「買えても運べん。荷馬車は北へ取られてる」
「船もだ。今から押さえるなら倍は取られるぞ」
 別の商人が机を指で叩いた。
「それ以前に前金だ。必要量を先に買ったら、うちでも金庫が空になる」
「王家も買い付け資金は出す。しかし全額を先には渡せぬ」
 白髪の男が必要量を読み上げると、今度こそ誰も口を開かなかった。今まで扱った荷とは桁が違う。
 俺はミアへ小声で聞いた。
「これ、全部うちで扱ったら?」
「はい?」
「売上いくらになる?」
 ミアが手元の資料に目を落とした。必要量と王家の買値を見比べる。
「……少なくとも、今までの最高売上は軽く超えます」
「じゃあ、うちでやろう」
 ミアが顔を上げた。
「この量をですか?」
「国が全部買うんだろ。売れ残らないじゃん」
 仕入れも輸送も、俺の場合は払った分が戻る。量が多いなら、なおさらいい。
 俺は手を挙げた。
「タカハシ商会で、全部やります」
 向かいの商人が口を開けたまま俺を見た。白髪の男まで一度、聞き返した。
「全部、とは?」
「南にある分、運べるだけ全部です」
◇
 三日後。南部の集積所で、農家の老人に両手を握られたまま、俺はミアを呼んだ。
「ミア」
「はい」
「次、どこ?」
「東です。ここより多いです」
「買う」
 ミアが紙をめくった。
「西にも残っています。それと、もう船が足りません」
「空いてる船、いくらなら来る?」
「倍なら動く船主がいるかと」
「じゃあ倍」
 ミアが一度だけ俺の顔を見て、次の紙へ移った。
「荷役人と倉庫も追加します」
「お願い」
 南部中から荷馬車を集め、船主には倍を払い、荷役人には緊急手当を付けた。護衛の冒険者も長距離便だけ増額した。
 荷車が詰まる道はその場で直し、川沿いには仮の倉庫を建てた。金を出せば、止まっていた物が次々動き始めた。
 ドゥルルルル……テッテレー!
 ドゥルルルル……テッテレー!
 ドゥルルルル……テッテレー!
 一日中鳴っていた。船主が俺の手を握った。
「こんな時に倍額を出してくれるとは!」
「急いでるんで」
 荷役人の親方は、渡した日当表を二度見した。
「この額なら、明日から二十人出せます」
「じゃあ二十人お願いします」
「任せてください」
 農村では、村長が受け取った金貨を何度も数え直していた。
「本当に、この値で全部?」
「はい。王都で売れるんで」
「余って困っていた麦ですよ」
「足りないくらいです。倉、まだあります?」
 村長は振り返った。
「おい! 西の倉も開けろ!」
◇
 最初の輸送隊が王都へ着いた日。道の両側に、人がいた。何千人いるのか分からない。荷馬車が見えた瞬間、歓声が上がった。
「小麦だ!」
「タカハシ商会だ!」
「来たぞ!」
 子供が荷車を追いかけ、パン屋の職人は袋の口を開けて中の小麦を何度も確かめていた。翌朝には、昨日まで銅貨四枚だった丸パンが二枚に戻っていた。
 一週間後には、北部への便も出た。王家には、会議で出ていた値段より安く売った。それでも俺は十分儲かる。仕入れも輸送も、払った分はポイントで戻っているからだ。
 王国から最初の代金が支払われた。金貨の箱が商会の金庫へ運び込まれる。利益報告を読んだミアが固まった。
「どうした?」
「……これ、最終の数字です」
 差し出された紙を見る。過去最高益だった。
「じゃあ賞与、増やそう」
 ミアは無言で別の紙を取り出した。
 その日の夜は王都の高級料理店で一番高いコースを頼み、従業員全員にも特別手当を出した。もちろん、その支払いも全部戻ってきた。
◇
 翌週、王城へ呼ばれた。でかい広間だった。左右に貴族が並んでいる。商人組合の偉い人たちもいる。
 その真ん中を歩かされた。居心地が悪い。奥に国王がいた。
「タカハシ・ユウト」
「はい」
「顔を上げよ」
 言われたので顔を上げる。国王は、思っていたより普通のおじさんだった。けれど、その人が玉座から立って俺へ頭を下げた瞬間、さすがに広間がざわついた。
「そなたがいなければ、この国は冬を越せなかった」
「ちゃんと代金もらってますけど」
「損をしておらぬのか?」
「むしろ、かなり儲かりました」
 国王は一拍置いてから、大きく笑った。
「ははっ。それならなお良い。来年も頼める」
 横にいた、あの白髪の男まで笑っていた。
「タカハシ・ユウト。褒美を取らせる」
「褒美」
「爵位でもよい。金でもよい。王都の屋敷でもよい」
 金も屋敷も魅力的だった。爵位は、もらったところで何をすればいいのかよく分からない。
 それより、城へ来る馬車から見えたものが気になっていた。川沿いの港に、見たことのない旗を掲げた大きな船が何隻も並んでいた。
「じゃあ、港を一つ自由に使わせてもらえませんか」
 国王が少し身を乗り出した。
「港?」
「全部じゃなくていいです。一角と、大きい倉庫があると助かります」
「何をする」
「海の向こうとも商売してみたいです」
 国王は眉を上げ、隣の白髪の男を見た。
「空いている商館はあるか」
「セレネ港の第一商館なら。東埠頭も今は王家預かりです」
 それを聞くと、国王は楽しそうに笑った。
「よかろう。東埠頭と第一商館を、タカハシ商会へ貸し与える」
 周りからどよめきが起きた。
「期間は?」
 俺が聞くと、国王はさらに笑った。
「そなたがこの国で商いを続ける限りだ!」
 ざわめきが拍手に変わった。
 ミアが俺の横へ来て、小声で言った。
「普通、褒美で港をねだりませんよ」
「屋敷より使えるだろ」
 ミアはため息をついた。
◇
 数日後、俺はセレネ港にいた。沖には帆船が何十隻も浮かび、埠頭では聞き慣れない言葉が飛び交っている。
 王家から借りた第一商館は、今まで使っていた倉庫が小屋に見えるほど大きかった。
「タカハシさん」
 ミアが契約書の束を抱えてやってきた。
「大型輸送船、二隻。購入契約がまとまりました」
「いくら?」
 金額を聞いて、さすがに一度だけ聞き返した。今までで一番高い買い物だ。それでも、王国との穀物取引で払えるだけの現金はある。
「買おう」
「即答ですね」
「船がないと海で商売できないし」
 船主へ現金を払った。その瞬間。
 ドゥルルルルルルルルルルルルル……テッテレー!
《お買い上げありがとうございます!》
《100%ポイント還元!》
《120,000,000P獲得!》
《現在ポイント:151,495,608P》
「うわ」
「どうしました?」
「いや。ちょっと桁が」
「?」
 商館の外が騒がしい。初航海の祝いだとかで、従業員や港の商人が集まっていた。船倉には、最初の町の毛織物も、ベルグから届いた鉄も次々積み込まれている。
「タカハシ様ー!」
「今度は海だ!」
「タカハシ商会万歳!」
 歓声を聞きながら、俺は表示をもう一度見た。串焼き一本に三ポイント使っていたのが、今は一億五千万を超えている。
 ミアが海の向こうを見た。
「で、今度は何を積むんです?」
「行ってから決める。帰りに何が高く売れるかは先に調べといて」
「もう帰りの話ですか?」
「空で帰るの、もったいないだろ」
 ミアは呆れたように笑った。
「はいはい。調べておきます」
 使った金は、今日も全部戻ってくる。